ほねぐみ

本、映画、ゲームの感想など徒然

【64-ロクヨン-後編】「悩める中年」がハマり役

わずか7日しかなかった昭和64年の、少女誘拐殺害事件。通称「ロクヨン」。時効が迫った平成14年12月に「ロクヨン」事件と類似した誘拐事件が発生する。誘拐は本当なのか、それとも狂言か。広報官を中心に14年前の事件が動き出す話。


前編の感想はこちら
観る前は上のサムネイルの意味がわからず「なんで公衆電話?」でしたが、観終わった今ならわかります。見るだけでもう泣きそう。

後編も前編に負けず劣らず、いろんな人たちの思いがオーバーラップした作品でした。主人公の三上広報官、被害者家族の雨宮家、元警官の幸田氏、記者の秋川氏など。
そして人間模様を中心に描きつつ、後編ではさらに「ミステリ」「刑事ドラマ」としての様相も見せてきます。
ここに少し驚きました。「ロクヨン」事件についてはなんとなく「真相はよくわからず」で終わるような気がしていたからです。なにせ現在の主人公は広報室所属。捜査一課ではないので捜査もしなければ情報も降りてきません。事件に再び関わるきっかけも動機もない。
だからあくまでも人間ドラマが中心で、事件のことはうやむやのまま終わるのだろうと思ってました。
しかし前編の出来事を伏線に、犯人に迫るまでの流れがあっぱれ。その迫り方も「昭和末から平成半ばにかけて」という世相をよく表していて、本当によくできていると感じました。
ただ、現在20代前半くらいの若い方はどう思うんでしょう。ひょっとしたらいまいちピンとこないかもしれません。「昔はあんなことしてたの?なんで??」くらい思うかも。時の流れっておそろしい。

とにかく、登場人物たちの心理描写が細かいしよく練られています。特に主人公・三上広報官と被害者である父・雨宮氏の共鳴ぶりがすさまじい。本っ当にこんな話よく考えついたなとしかいえません。
そしてここにもう一人、犯人も加えると、3人のトライアングルが重なったり反発したりして苦いものがこみ上げます。三上氏と雨宮氏だと共鳴するのに、犯人を入れると不協和音になるというか。
この犯人の内面が、最後までよくわからないままでした。理解しがたいというよりも不透明な感じ。けっこう脇役にいたるまで人物像をかっちり決めて作られている印象だったので、どうして犯人像だけこんなにピンボケしているのか不思議でなりません。

そう思って調べてみたら、原作があるんですね。しかも小説。だから人物の描き方に厚みがあるのかと、いたく納得。もちろん「そういう作風だから」というのが一番大きいでしょうが、小説という媒体は心理描写を描くのにうってつけと思います。
するとまさか犯人は映画オリジナル……?気になってきました。
犯人のみならず、心情を追い難い人や場面があったので、小説を読んでみようかと考えています。