ほねぐみ

本、映画、ゲームの感想など徒然

【アフターゴッド2巻】思いは通じない

表紙が良すぎて……。
1巻表紙も相当かっこよかったのに2巻もだなんて、3巻はどうなるのかとわくわく。目、口ときて次はどの部分が隠れるのかも楽しみでなりません。耳でしょうか。
時永さんの眼帯、今まであまり気にしたことありませんでした。正面・ドアップだから眼帯の字がそこそこ見えます。書いてある文字なんだろう。「竜」?

本誌で毎話追っていたものの、やっぱり一続きで読むと違うなと。理解がより深まる気がします。
しをんさん周りと神&時永さんについて綴っていきます。

1巻のときから、和花という支えがあるにも関わらずしをんはなぜ死んだのか、と不思議に思ってました。
ただ人に説明できるような心理状態だったら自死を選ばないだろうし、そういうこともまぁあるよね……なんて思っていたら13~15話であらあらら。本当に和花さんは支えになっていたのか、と。
ただこれが真実かというとまた違う気がします。みんなそれぞれ見えているもの・感じていることが違っているし、極論を言えば人はそれぞれ見たいものしか見えていない。それがどんどん層をなして「今」を形作っているのでは。
からしをんさんにも彼女なりの見え方があったはず。きっといつか語られるんじゃないかなと思っています。

昔、精神科外来で実習をしていたとき先生が患者さんに「死にたいと思うこともあるでしょうが、それは病気のせいであって間違った考えです」みたいなことを伝えておられて、ここまではっきり言うのか……と驚いた覚えがあります。
「こういうことが起こるかも」という予告であり知識の伝授ですから、ぜんぜんおかしなことではない。ただ「死を思う」ことがその人にとって救いの時間かもしれないのに、それを否定するのはいいものなのか……と。
自殺を選ぶ人はなんとなく「現世の逃避」より「来世への期待」が大きいんじゃないかと考えています。
だから(?)しをんさんもいつか神化して戻ってくるんじゃないか。そんでもって和花さんが殺すまであるんじゃと今からハラハラしてます。「上げて」「落とす」が基本なので……。
13話ラストでよんが言ったことも、きっと外れるんだろうな。あれはあくまでも「よんだったら言うだろうこと」ですから……それかもし当たったとしても、よんさんが伝えようとしたニュアンスでは絶対にない。ないったらない。

神様周りについて。
アフアズ様の見た目がクッソ好きです。手がいっぱいあったりやたら長かったりするフォルムに弱々。あとセーター脱ぐアルラ様が格好いい。美しいぃぃぃフー! となりました。魅了されたい。
そして神様ではありませんが、時永さんは身体の損傷具合からして神の使い的な立ち位置なのかなと。古来、身体の不自由な人が神の声を聴く者とされていたと何かで読みました。彼もまたそうした使命があるのかもしれません。神と人間をつなぐ媒介者みたいな。
そうするとワンチャン、あの蛇神様が仲間にならないかなと期待。

本誌の続きと、3巻表紙が誰になるかが今から気になります。帯川さんか子ども課長か、大穴で谷古宇さんを予想。

【Caligula2】リメイク版と次作について思うこと


久々にリプレイしたら「やっぱりいい……!」と再確認。ストーリーもキャラクターもバトルシステムも音楽も何もかもがいい!
現時点でも十分ではあるものの、リメイク版出るならこうなってほしいな~次作はああなるといいな~なんて夢見てしまったので綴っていきます。人間って強欲。「もしこうなってくれたらいいな」という100%妄想です。


<リメイク版への期待>
●リグレット様とキィのデュエット
むしろ入ってなかったのが不思議。絶対ある! と思っていたので。2人で一緒に「SINGI」歌ってほしい。

●イマジナリィチェインの早送り機能
あったら便利。

●戦闘中の待機時間短縮
スキルくり出したあとの待機時間が1より長く感じます。短縮スキルを覚えるとはいえ、体感長めなのでもう少し短くなると嬉しいです。

●ストーリーやキャラクターの掘り下げ
7章以降がやや駆け足なのと、最終章で各楽士の言うことがやや物足りないなと。
最終章の楽士は、すでに帰宅部と初戦を終えカタエクで殴り合ったあと。ですから自分の葛藤への理解が深まったり、「なぜ戦うか」の解像度がアップしていると思うんです。そこがもう少し見たい。特にドクトルとクランケ! てか2人一緒に戦えばいいじゃない……! と思う。
7章以降が全体的に薄味なのは、リメイク版で厚くする予定だからだと信じきってます。

●ラスボス変更
今度こそブラフマンはブラフではなく完全体になるのではないか。そこでもし「Distorted Happiness」が流れたりしたら発狂します。
ラスボス変わらないにしても第二形態はほしいなぁ。

●中等部ダンジョン化
入口があるのはリメイク版への布石ではないかな、なんて。

●楽士のキャラクターシナリオ
ほしいです。切実に。今作で主人公が楽士ルートに入るのは難しそうなので普通にコミュニティ築いてくれないものか。マキナ、パンドラ、#QP以外は帰宅部バレする前に親交を深められると思います。

●リグレット様の歌う「Distorted Happiness」
欲を言えば前作の曲すべて歌っていただきたい。


<次作への期待>
●歌姫複数
陣営が2つか3つあってそれぞれ違う歌姫がついていて、主人公は所属先を選べるようになるといい。そうすればいろんな歌をいろんなバーチャドールに歌ってもらえるというグヘヘヘな妄想です。選ばなかった陣営が敵となり楽士にもなる。
ただ楽曲の用意がとてつもなく大変でしょうから、現実的ではないとも思います。

●仲間との連携技
バトルシステムに新要素を盛り込むとしたらこれしかない気がします。キャラクターシナリオともかみ合っていると思うので入れてほしい。シナリオを最後まで進めると掛け合いが変わってくれたら最高かよ。

●パーティメンバーに学生以外が入る
会社員がいたらおもしろい。

●キィ再登場
人の心をより理解して成長し歌い方が変わったキィが、見たい!!!

●キィとμのデュエット
爆発四散するしかない。


以上です。
「現時点でも十分~」とか言いつつ「リメイク版への期待」が8個もあって自分で自分に引きました。どんだけ強欲なの。
もうすぐ発売から1年経ちますし、リメイク版~リメイク版~と念じている自分がいます。もし発表されたら過呼吸になりますし、上に挙げた期待がどれか一つでも叶ったら息絶える。
きっといつか発売されると信じて、その日まで強く生きます。

【ゴールデンカムイ】尾形語り

無料公開期間中に全話読みました。コミックスはこれから少しずつ集めます。
辺見氏が出てきたあたり(37話)からぐんぐん引き込まれ、日泥一家vs馬吉一家の抗争(55話)で止めどきを失い一気読み。

本当にどのキャラも魅力的で、敵サイドとして出てきたはずなのに応援したくなる人ばかり。敵味方がしょっちゅう入れ替わるのもおもしろいです。その人のいい面も悪い面もどちらも見ることができる。ただ容赦なく死という退場もありうるため、主役2人以外を好きになると大変です。
自分はずっと尾形さんを追ってました。ここ3日間ほどずっと尾形さんのことばかり考えてます。
ここから尾形語り。

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【春の呪い(※ネタバレあり)】相手を思うからこその呪い

ずーっと気になっていた漫画。ようやく読むことができました。
一言でまとめると最高
主要3人それぞれの葛藤や、生者→死者への感情の収めどころ、あと「苦くもあり爽やかなラスト」が印象的でした。
春(秋)・夏・冬の3人が「お互いをどう思っているのか」という描き方がとにかくにいい。くっつく夏と冬の間には必ず春・秋が入るという。春を介さずには一緒にいられない、まさに「春の呪い」がひしひし感じられるのがたまらない……。

あらすじは「一人の男性を姉妹で取り合う三角関係もの」でしょうか。ただ3人が3人ともお互いにすごく複雑な気持ちを持っていて、恋愛模様の描き方が特殊だなと感じました。こういう「恋」「愛」もありうるのかと。ハッとさせられた次第です。

夏美さんはほぼずっと春の面影しか追っていなくて、冬吾さんが気になるのだって春と付き合っていたから&春の話ができるから見初めたのではないか、という印象。春の思い出と失った痛みを共有できるのは、夏美さんにとって彼だけだと思います。
とはいえまったく冬吾さんのことを想っていないわけでも(たぶん)なく、春の幻影を追いつつも、いつかは生者・冬吾さんに軍配が上がりそう。ただ夏美さん、そのことに気づいたら絶望しそうですが。

冬吾さんは春が死んでなければ自分の生き方に疑問を持つこともなかったでしょう。ずっと気になっていた夏美さんと思いを通じ合えたのは春のおかげとして、ただ彼が開眼したのは果たしてよかったのか。何の疑問もなく春と結婚して子供を産み育てて、そうしたら順風満帆だったろうに……。
自分の在り方・生き方に疑問を持つのが手放しでよいこととは思いません。「疑問こそが人生の醍醐味であり生きる意味」が持論ですが、疑問を持たずに生きていけるのであればそれに越したことはない。
これは夏美さんにも言えることではないかと。
ずーっと後になってから「あのときこの手を取ってよかった」と思えるといいです。お互いに。

作中でも示唆されていたように「この先も続いていく」ことがすごく難しい2人だろうと思います。まず夏美さんは、あるとき春のことを思い出しても平気になっている自分に気づいて愕然としそうですし。そして取り乱すのではないか。
あと入籍・出産・子育てのイメージがまったくわきません。できるのか……!? と思ってしまう。なので事実婚か、籍を入れたとしても子なし夫婦世帯になるか。珍しいことではありませんが、それぞれ職場で「結婚しないんですか?」とか「子どもは?」と訊かれてモニャることもある気がします。

一緒にいるために「どういう在り方が理想か」「できそうか」を擦り合わせていく2人も見たかったなぁと思いました。だからいつか続きの話よ出てくれないか……と願ってやみません。

【ブレイン・ゲーム】死は救いか

suminotosyo.hatenablog.com


前回『拷問男』で削られたSAN値を回復するため視聴。すでに4、5回は観てますが、何回観てもいい作品です。
なんで『拷問男』のあとに『ブレイン・ゲーム』!? と訊かれたので、理由を考えてみました。たぶん「究極の愛の行為はこの上なくつらい」という台詞に、両作品のつながりを(勝手に)感じたのだと思います。生者から死者への、父から子どもへの想いという通奏低音がある気がする。ただ気持ちの示し方はまったく違いますが。だから『ブレイン・ゲーム』に癒されたかったのではないでしょうか。

何回観ても思うのは、ジョン氏いろいろ秘めすぎではないかということ。
娘さんのことやジョーのことなど、あれだけいろんなことがわかっていてよく黙っていられるよな……と。貝のように固く口を閉ざしたまま生きていけるのが不思議でなりません。自分だったら絶対つらくなってどこかに吐き出したくなると思うので。

映画そのものからはやや外れますが、生物は生まれるとなぜか一回死ぬことが決まっていて、ただその「死」がなんなのかは永久にわかりません。わからないながらも、怯えたり希望を持ったりしながら死と向き合わざるを得ないのが現状です。
死と同様に「生」もすごく謎。何がどうして生きているのか。「生」が「死んでいないこと」だとしたら、死を強く意識したときこそ生死の意義やありがたみ、生き方なんかが見えてくるのかなとも思います。
そう考えると「1秒たりとも奪う権利はなかった」「最期の時は尊い」「苦痛すらいとおしい」という言葉も納得。一回しか体験できないことだから、生も死もしっかり味わい尽くそうねという意味なのかな、なんて。

余命いくばくもないとわかった時点から、本当の人生がスタートする気がする。ただ死因には事故や他殺もあるので、終了のカウントダウンがいつから始まっているのか知る術はありませんが。生まれた瞬間から始まっているとも言えるでしょう。
お医者さんがすごいと思うのはその点で、必ず死ぬことが定まっている生き物の怪我や病気をどういった心持ちで治療しているのだろうと。ものすごい精神力でしょうし、この矛盾を考え続けている人は深みある佇まいをされている気がする。特に緩和ケアに多くいらっしゃるのではと想像します。

もう何回も観ているし毎回深く感動するものの、何に感銘を受けているのかうまく言葉にできません。とにかくテーマもお話も音楽もカットもすごく好き。
ジョン氏の言葉も味わいがあって、こんな深みある人になれたらと憧れます。

【拷問男】混ぜるな危険

観たあとは灰燼に帰しました。痛めつける系は苦手なのになぜ観たのか。
「愛娘を殺された父親の復讐劇」ということで、娘を思うゆえの悲しみと犯人への憎しみ、その間で揺れ動く父親の葛藤を期待して観始めました。少し意外な展開もありつつ、折り返しまでは普通に視聴。
後半の拷問シーンがきっとこの映画の目玉(?)なのでしょうけれど、半分も正視できなかった……。痛そうな演技>使われる器具>効果声>>>>傷跡、で耐えられず。このアングル攻めてるな、役者さんの演技すごいな、と半ば逃避しながら観てました。

内容としては、
 娘がかわいい→わかる
 失って悲しい→わかる
 犯人許すまじ→わかる
 誰が犯人かわかったから拷問→???
でした。

考えの筋道的には「大好きな娘を奪った犯人はいくら憎んでも憎み足りないので娘の分まで苦しませてやる」なのでしょう。ただ「娘を奪った憎き犯人」→「を拷問」の間にものすごい飛躍がある気がする。「おまえも苦しめ」と呪うことと実際に手を下すのってすさまじい隔たりが……あってほしいなぁ!
いくら憎いからって実行する? しかも拷問ですよ? 切ったり叩いたりぶっ刺したりを、殺されかかってるわけでもないのに同じ人間相手にできるでしょうか。平常下でそれはちょっと難しいのでは……と思いますがいかがお過ごしですか……? と弱気になるくらい主人公の勢いを感じました。「これがスタンダードだァ!」と言わんばかりの。思わず自分が異常なのかと疑ってしまいます。
子供を奪われたことがないから理解できぬのだと言われれば、たしかにその通り。

いったいなにが主人公を駆り立てたのかというと、娘への深い愛情+犯人への愛情な気がします。犯人のことも好いていたからこそただ恨むだけでは足りなくて、裏返された愛情が主人公の凶行につながったのではないかと想像。もともと抱いていた好意とそれが失われたことへの悲しみが、薪となって狂気の炎を燃え上がらせたのでは。
あと「犯人にここまでさせてしまったのだから、自分も同じだけの罪を背負わなきゃ」とか「自分が拷問すればするほど犯人の罪が許される」とか……? 無意識下ではそれくらいのことは考えていてもおかしくない気はします。

あと本筋とは関係ありませんが、娘さんが怖かった。目の前でパパママがあれだけいがみ合ってるのにひたすら無邪気ってどういうこと……。6歳なら周りの大人(特に親)の機微はもう少し察せられると思います。
パパの前でママの、ママの前でパパの話はしちゃ駄目だくらいは絶対わかる。まるで両親の表情など見えてないかのようにはしゃいでいたり、話題を振ったりしているのがホラーでした。

怖いところは数々あったものの、中盤までは胸に迫る作品です。
仲睦まじげな夫婦と娘の誕生、成長と親子の触れ合い。両親の離婚というハプニングはあったものの、ごく普通の一般家庭。「この平和が失われる」ことが観ている側にはわかるからこそ、胸が締め付けられました。

【黒い家】職業バイアスと専門性

「いかに文字だけで怖さを演出するか」の参考にしたくて読み始めました。が、最初の動機なんてそっちのけでのめりこんでしまった。怖かったしおもしろかったです。「心霊現象的な怖さ」というより、人間の怖さが際立つ作品でした。

夢中になって読み進めた反面、気になる部分もちらほら。主人公よりサバイバル力高そうな人がお亡くなりになったり、犯人の余罪ありすぎるのに警察にスルーされていたり。初動段階で目を付けられていないの絶対おかしい。
ただどちらも、ホラーとしての「怖さ」に貢献しているんですよね。特にサバイバル力高すぎさんが亡くなったときは「この人が死ぬならもう誰も生き残れない」と思って絶望しました。

そして金石さん。何をおいても金石さん。同じ心理学を学ぶ徒として恥ずかしい! と思いながら読み進めました。病名についてレクチャされていた部分は、恥ずかしすぎて読み飛ばしてしまった……そうそう、心理学者ってこういうイメージだよね、と共感できてしまうところがまた忸怩たる思いにさせられます。
心理学を学ぶ人、特にその専門家を目指す人は、大小あれど瑕を持つ人たちだと感じます。もちろん例外もいるでしょうけれど。さらに言えば瑕のない人なんていない。ただ自覚の範囲と瑕の深さ、あと内向性や瑕への探求心、好奇心の程度が、心理士となるかどうかを分ける気がします。
金石さんは学者なので、心理士とはまた違うかも。ただ彼にも心理学を学ばせただけの苦悩やヒストリーがきっとあったわけで、その結果が拷問死と思うとやりきれない……同業者なだけに、自業自得とは思いきれません。亡くなったときは「なにもここまでしなくたって……!」と思ってしまいました。

「専門家だから」触れてしまえること、気づけてしまうことと、どう折り合いをつけたらいいのかなとときどき考えます。これは「力量がある」こととはまた違くて、たとえば舌が肥えているから料理の良し悪しがわかってしまう、ことではない。ただ「自分はコックだから」という理由だけで、他人が作った料理に口出ししてもよいと感じてしまう。そういう暴力性というか、権力を持ちえて酔いしれてしまえることが専門家にはあると思います。
「余計なお世話」と「職業人として適切なふるまい」の差はどこか。あと免許や資格を持っていたり、社会的地位が高かったりすると「何か言わざるをえない」こともありそうです。
自分も友達から「兄弟にひきこもりが~」とか「家族に精神疾患が~」とか言われると、余計なことを言いたくなるので金石さんの気持ちはわかる。わかるので、金石さんのふるまいが見ていて痛々しい(非常識という意味で)。と同時に、身から出た錆とはいえ気の毒すぎる。
なんてことを、氏を見ていて感じました。

最後に、恵さんが言っていた「生まれついての犯罪者はいない」説について。きっとすでに100万回は議論されているはず。それなのにいまだ決着がついていないなんて、罪深いテーマです。
自分は「いてもおかしくない」と感じています。「犯罪」という言葉がすでに社会的というか人間的な重みを持っているので「人間になりきれない」人はごく普通にいると思う。いてもおかしくはない。ただなんとなく、そういう性質の人は学校を卒業したあたりで立ち行かなくなる気もします。気質が露呈しやすくなるというか。
自分の気質に自覚なく、内省する力が弱い人ほどうまく立ち回れなくなっていって、極端な行動しかとれなくなるのでは。その成れの果てが菰田夫妻かなと思います。

映画版だと菰田夫妻役、大竹しのぶさんと西村雅彦さんなんですね。絶対怖いやつやん……と思いました。直視できる気がしません。